コーチとして、兄として。子どもとの“ちょうどいい距離感”に悩んだ話
少年野球のチームコーチとしてグラウンドに立ちながら、私はいつも「保護者の気持ち」を考えています。ミスをした子どもに声をかける瞬間、その背後には、わが子を見守る家族の存在があるからです。ベンチから見る景色と、スタンドから見る景色は違います。しかし、子どもの成長を願う気持ちは同じはずです。指導者として厳しく伝える場面もあれば、家庭での声かけに迷う保護者の葛藤も理解できる。その両方の立場に触れてきたからこそ見えてきた「距離感」の大切さについて、今回はお伝えしたいと思います。
コーチとして見えた保護者の本音
少年野球のチームコーチとして子どもたちと向き合う中で、私はいつも「指導」と「保護者の気持ち」の間に立っています。
グラウンドでは結果が求められます。
しかし、家庭では“笑顔で帰ってきてくれること”の方が大切だったりします。
コーチとして強く言うべき場面もありますが、最近は「今この子に必要なのは指導か、安心感か」と一度立ち止まるようにしています。技術は練習で伸びますが、自己肯定感は日々の関わり方で育つと感じるからです。
保護者の皆さんも、きっと同じ葛藤を抱えているはずです。
叱るべきか、見守るべきか。どこまで口を出すべきか。
正解は一つではありません。
だからこそ、私たち指導者も保護者も、「子どもの味方であること」だけは忘れずにいたいと思っています。
野球は勝ち負けだけではありません。
子どもと一緒に悩み、考え、成長していく時間そのものが、かけがえのない財産なのだと、グラウンドで教えられています。
身内を指導する難しさ
チームコーチとして子どもたちを指導する中で、特に難しさを感じるのが“身内を指導すること”です。チームの一員として平等に接しなければならない一方で、周囲の目もあります。「身内だから甘い」と思われたくない。その気持ちが、知らず知らずのうちに言葉を強くしてしまうこともありました。
指導者としては、チーム全体の成長を優先します。しかし、身内であればあるほど感情が入りやすくなります。期待しているからこそ厳しくなる。その一方で、必要以上にプレッシャーをかけてしまっていないかという葛藤も常にあります。
最近は、「他の選手にどう接するか」を基準に、自分の言動を見直すようにしています。特別扱いもしない。過度に厳しくもしない。ただ一人の選手として向き合う。それが結果的に、本人の成長にもつながると感じています。
身内を指導することは簡単ではありません。しかしその難しさと向き合う時間こそが、指導者としても、人としても成長する機会なのだと思っています。
選手と年が近いからこそできる距離感
私がチームコーチとして子どもたちと向き合う中で、意識していることがあります。それは“近すぎず、遠すぎない距離感”です。選手たちと年齢が近いからこそ、頭ごなしに指導するのではなく、同じ目線で話すことを大切にしています。
チームである以上、守るべきルールや礼儀はきちんと伝えます。ただ、年が近いからこそ、友達に近い感覚で接することで、選手も明るい表情でいることが多かったです。線引きをしたうえで、選手と近い立場で接しているので少し年の離れた大人よりも、話しやすいポジションにいると思っています。
年齢の近さは、指導の難しさにもなりますが、同時に信頼関係を築く大きな強みにもなると感じています。
子どもと向き合う中で、私自身も何度も迷い、反省し、考え直してきました。わかりやすい説明ができたか、もっと違う言い方があったのではないか -そう思うことは少なくありません。
けれど、完璧な保護者も、完璧な指導者もいないのだと思います。大切なのは、失敗しないことではなく、子どもと同じ方向を向いていることです。うまくいかない日があっても、その時間を通して一緒に考え悩み、一緒に前を向ける関係であれば十分ではないでしょうか。
野球は、勝ち負け以上に多くのことを教えてくれます。技術だけでなく、支える側の私たちも成長させてくれる場所です。子どもたちの成長を願いながら、私たち大人も共に成長していける。その積み重ねがあれば、どんなことがあっても少年野球をしてきた意味はあるのではないでしょうか。