野球を始めてから、家の食卓の時間が少し変わった話
私は熱血野球パパ、ではありません。
仕事や家庭の事情で練習や試合にはほとんど行けていません。
そのぶん、家では食卓にのぼる話から、その日の野球を知ることが多い父親です。
次男が野球を始めてから、家の食卓は少し変わりました。
料理の中身が劇的に変わったというより、食卓の時間と座る顔ぶれと、そこに乗る会話が変わった感じです。以前は、四人で定位置に座って食べるのが、もっと普通でした。今はその「普通」が、ちょっと特別になっています。
土日になると、野球の予定が先に入ります。
そうなると、家族でどこかへ行くことも、夫婦で出かけることも減ります。そのぶん、家族の会話も減りました。野球がある日は野球の話が増える。そのぶん、夫婦のどうでもいい会話は減る。なくても生活に困るわけではないのですが、減ると、それはそれで前とは変わったなと感じます。
食卓の様子も、前とは少し変わりました。
いちばん分かりやすいのは、四人で一緒に座って食べる回数が減ったことです。長男は先に食べ終わることが多く、次男は最後になりがちです。理由はわりとはっきりしていて、次男は夕飯の前にお菓子やコンビニのホットスナックを食べてしまうからです。小学校から帰ってきて、ランドセルを置いたら、また外へ行く。戻ってきたら何か食べて、そのまま寝てしまう日もあります。夕飯の時間になるとのそのそと起きてきて、結局最後まで座っている。こうして書いてみると、なかなか自由に生きています。
また、練習や試合から帰ってきた日の次男を見ていると、疲れていても次男は次男だなと思います。本当はすぐゲームをしたいのに、まずはお風呂に入りなさいと言われる。ようやく食卓に着いたと思ったら、「野菜食べなくていい?」「これだけ食べればいい?」と交渉を始めます。しっかり疲れているはずなのに、そのあたりはいつも通りです。そういうところを見ると、食卓は次男が野球から家に戻ってくる場所でもあるのかなと思います。
ただ、本当に疲れている日の夕飯は、次男と、一日中当番で寄り添っていた妻が、そろって手軽なものを望みます。とはいえ理由は少し違っていて、妻はもう考える元気がないからで、次男は単純にそういうものが好きだからです。そこが親子らしくて、でも少しずれていて、見ていて妙に納得します。夕方に帰ってきて開口一番、「今日、焼肉いきたい」「今日、寿司食べたい」と言うことも増えました。あれは次男だけの希望ではなく、帰宅前のどこかで「お父さんに言ってみなさい」と打ち合わせが行われている気もしています。
一方で長男は、次男のように食卓であれこれ言うことはなく、黙々と食べて、食べ終われば「ごちそうさま」と言います。次男は次男で最後まで座っていて、妻には妻の疲れ方がある。そうやって四人それぞれの食卓への向き合い方が少しずつ違ってきて、前のように同じ時間を囲んでいた頃とは変わったのだなと思います。困るほどではないのですが、ときどき、これでいいのかなと少しだけ心配になります。
私は私で最近は仕事の帰りが遅く、一緒に食べること自体が減りました。帰ってから温め直した皿を一人で食べる日も多いです。「お父さん用に残してくれているおかずだな」と思う日もあれば、「これはみんながあまり食べなかったやつだな」と分かる晩もあります。二人前くらいそのまま残っている夜もあって、それはそれで、子どもたちの好き嫌いまで残っている、今のうちの食卓なのだと思います。
それに、正直に言うと、私がいないほうが食卓の話は弾んでいそうです。少しだけ複雑ですが、まあ、そういうものかもしれません。家族全員そろって、きれいに同じ時間に食べる回数は減っても、それぞれがそれぞれの形でちゃんと戻ってきて、誰かの分が残っていて、温め直せば食べられる。その感じに、今のうちの食卓がある気がします。
にぎやかな食卓だけが、いい食卓ではないのかもしれません。少しずれた時間、温め直した皿、先に食べ終わる兄と最後まで座る弟。前のようにきれいにそろってはいなくても、これはこれで今のうちの形なのだろうと思っています。
私は熱血野球パパではないので、グラウンドで見ていることより、家に帰ってから食卓で知ることのほうが多い父親です。それでも、誰が何を食べたか、どんなふうに座っていたか、その日の空気がどんなだったかを見ていると、野球は次男だけのものではなくて、家族の暮らしにもちゃんと入ってきているのだなと思います。
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