試合のスコアブックを写させてもらった日のこと
スコアブックって、見ているだけだと、何が書いてあるのか全然分からないと思いませんか。
私は長らく、あの升目に並ぶ数字と記号を、暗号のようなものだと思っていました。
9月の練習試合の日、私はいつものように、フェンス際で応援するだけのつもりでいました。
ベンチ裏の折りたたみテーブルで、経験者のお父さんが一人でスコアをつけているのが見えました。試合が動くたびに、鉛筆を握った手が、迷いなく升目を埋めていきます。何が書いてあるのか、遠目にはまったく分かりませんでしたが、なんとなく気になって、近づいてしまいました。
「これ、教えてもらってもいいですか」
なんとなく聞いてみたのが、始まりでした。うちのチームでスコアラーをやっているのは、いつも同じ二、三人のお父さんだけ。それ以外の保護者が近づく光景は、それまで見たことがない。
「いいですよ、暇なんで」
そう言われて、パイプ椅子を一つ借りて、隣に座らせてもらいました。その日は結局、教わりながら見ているだけで終わりましたが、次の練習試合にも、また同じ場所に座らせてもらいました。月に一度くらいのペースで、記録席の隣に座るようになったのは、そこからです。
最初は、記号がまったく頭に入りませんでした。
ゴロで一塁アウトが「4-3」。三振が「K」。フォアボールが「BB」。守備の番号は投手が1、捕手が2で、そこから外野に向かって9まで振られている、ということすら知りませんでした。教えてもらったそばから忘れて、隣の欄に書き込むタイミングもずれてしまいます。
「今の何番が打ったんでしたっけ」
そう聞いて、二度ほど呆れられました。ボールカウントの数え方も最初は逆で、隣の升目に書くべき記号を、一つ前の打席の欄に書いてしまったこともありました。
「大丈夫ですよ、みんな最初はそうですから」
そう言われて、肩の力が少し抜けたのを覚えています。その日の帰り、スポーツ用品店に寄ってスコアブックを買いました。表紙の裏に自分用の記号早見表を書き込みました。ゴロアウト、三振、フォアボール、犠打。忘れないうちに、と思ったのです。
三試合目くらいから、自分の升目に、なんとなく形が残るようになってきました。
息子の打席だけは、書き終える前から手が動きます。四球、ヒット、三振。どの記録も、書きながら少し誇らしい気持ちになりました。
「もう見なくても書けるじゃないですか」
そう言われた日は、内心かなり嬉しかったのですが、顔には出さないようにしていました。9月にしては暑い日で、記録席のテントの下だけが、少しだけ涼しかったのを覚えています。
記録席にいると、経験者のお父さんたちの会話に、自然と混ざるようになりました。
「あの子、フォーム変わりましたよね」
「新チームは誰が投げるんでしょうね」
野球の話には、正直まだついていけないことも多いです。それでも、隣に座っているだけで、輪の外にいる感覚が、少し薄れていきました。以前は、練習試合のたびにフェンス際で一人で立っていることが多く、他の保護者の輪に、どう入っていいのか分からずにいました。
ある試合の後、記録席で隣り合ったお父さんに、「今度、公式戦のスコアもお願いできますか」と声をかけられました。連盟に提出する正式な記録らしく、少し緊張しましたが、「やってみます」と答えていました。
バッティングも守備も、私が教えられることは何一つありません。試合の流れを読むことも、正直まだうまくできません。
それでも、記録をつけるという係を持ったことで、ベンチ裏の一角に、自分の居場所ができた気がしています。
応援しているだけでは埋まらなかった何かが、升目を埋めることで、少し埋まった気がするのです。
道具屋の店員と立ち話するようになったのは、街の中の居場所でした。
スコアブックの記録席は、グラウンドの中の居場所なのだと思います。
どちらも、技術ではなく、続けることでできた場所だという意味では、似ているのかもしれません。
次の大会も、たぶん私は記録席に座っています。ペンだこができるほどではありませんが、右手の中指の側面に、薄っすらと跡がつくようになってきました。買ったスコアブックも、もう半分近くページが埋まっています。