「野球のせいか、思春期のせいか」── 問い詰めなかった1週間
私は、息子の成績について、あまり多くを語らない父親です。
勉強を教えられないのは、野球と同じです。だから、通知表を見ても、点数の話はできるだけしないようにしてきました。
終業式の日、息子はリビングのテーブルに、無言で通知表を置きました。ランドセルではなく、中学の指定バッグを玄関に放り出したまま、洗面所で手を洗っている音が聞こえていました。
私はソファに座ったまま、茶封筒を開いてみました。中学に上がって初めての通知表でした。5段階評価の数字が並んでいます。ほとんどは去年の小学校の感触と大きく変わらなかったのですが、英語のところだけ、目が止まりました。
4だったはずの数字が、3になっていました。
小学校の外国語活動では、いつも4がついていたはずです。中間テストの点数もそこまで悪くなかったと、本人が言っていたのを覚えています。だからこそ、この3という数字が、余計に引っかかりました。
息子はもうソファの反対側でゲームを始めていて、こちらを見てもいません。テレビの音量だけが、いつもより少し大きく感じられました。壁の時計は19時40分を指していて、部活帰りの息子が夕食を終えたばかりの時間でした。
中学に上がって、部活が本格的に始まって、帰宅は19時半すぎになりました。
英語が下がったのは、そのせいなのでしょうか。
それとも、思春期に入って、単純に勉強への集中力が落ちているだけなのでしょうか。
私自身、中学1年の英語で、be動詞のあたりから怪しくなった記憶があります。血のつながりを疑いたくなりますが、それはそれとして、原因をひとつに決めつけられないことが、一番落ち着かない気持ちにさせました。
その夜、皿を洗いながら、妻に聞いてみました。
「英語、下がってたけど、部活のせいかな」
「さあ。思春期って、そういうものじゃない?」
妻は驚くほどあっさりしていました。手を止めずに、洗い終えた茶碗を私に渡してきます。
「うちの弟も、中1のとき急に成績下がったらしいよ。お母さんが言ってた」
そういえば、そんな話を聞いたことがある気もしました。妻の実家で聞いた話なのか、私の記憶違いなのか、はっきりしません。
「私たちが口出しして、良かったことあった?」
そう聞かれて、返す言葉がありませんでした。
3年前の秋のことを思い出していました。素人知識で息子のバッティングフォームに口を出して、スイングを一時期崩してしまった、あの出来事です。あれ以来、技術には何も言わない、と決めています。
勉強も、たぶん同じ場所に立っているのだろうと思いました。
その晩、息子の部屋のドアをノックしようとして、やめました。
「なんで下がったんだ」と聞いたところで、本人にも説明できる理由がない気がしたのです。
説明できない不安を、説明させようとするのは、ただの父の都合なのだと思います。
黙って、通知表をリビングのテーブルに戻しました。台所の換気扇の音だけが、しばらく響いていました。
翌週、特に何かが変わったわけではありません。
ただ、息子が自分の部屋で単語帳らしきものを机に広げているのを、二度ほど見かけました。表紙に見覚えがなく、小学校の頃のドリルとは違う、書店のカバーがかかったままの一冊でした。ページの端が少し折れていて、以前は開いているところを見たことがなかったものです。
何も聞きませんでした。見なかったふりもしませんでした。ただ、部屋の前を通り過ぎるときに、少し視線を落としただけです。
妻は「そのままでいいと思う」と、それだけ言いました。洗面所の鏡越しに、歯を磨きながらの返事でした。
木曜の夜、風呂上がりの息子とすれ違ったとき、「明日、単語テストなんだよね」と、誰に言うでもなくつぶやいていました。私は「そうか」とだけ返して、洗濯物を畳む作業に戻りました。それ以上、踏み込む理由はありませんでした。
1学期の通知表は、結局、机の引き出しにしまわれたままです。
野球のせいなのか、思春期のせいなのか、いまだに答えは出ていません。
ただ、答えを急いで出さなくてもいい問題もあるのだと、この歳になって、少しずつ分かってきた気がしています。
私自身、中学1年の夏に英語でつまずいて、そこから何年もかけて、なんとなく苦手意識だけを引きずってきました。息子には、同じ道を辿ってほしくないという気持ちもありますが、それを口にしたところで、何かが変わるとも思えません。
2学期の通知表を、たぶん私はまた、少し身構えながら開くのだと思います。そのときも、たぶん、同じように黙って見るだけなのでしょう。