「食事トレーニング」この結構な壁をママ達はどう乗り越えましたか?
少年野球でも、中学野球でも、一歩足を踏み入れると突きつけられる「食事トレーニング」。
いわゆる「食トレ」です。
ママたちの多くは、沢山食べてもらうこと、なおかつ栄養も考えなくてはいけないことに疲弊しているのではないでしょうか。
◆料理は苦手
私はどうなのかと言うと、料理が苦手です。
献立を考えるのはもっと苦手です。
なので、頑張っているママ達の足元にも及ばず、疲弊までもたどり着けないママです。
「これが母の味!」なんて自慢できる一品もなければ、盛り付けのセンスも持ち合わせていません。
お料理が得意なママのことを今でも羨ましく感じます。
そんな私にとってはラッキーなことに、息子が入部した学童野球のチーム方針には、食事の指導は一切ありませんでした。
「楽しく野球をしてほしい」
「長く野球を楽しめる基盤を作りたい」
その理念のもと運営が行われているチームでした。
そして息子も野球を始めた当初はまだ小学2年生で、沢山食べるような段階ではありませんでした。
そういった背景もあり、「野球始めたんだから、しっかり食べさせなくちゃ」とは思わなかったのです。
息子が沢山食べなくても、「いっぱい作らなくていいから、助かる」くらいにしか思っていませんでした。
ジャンクフードも食べていましたし、コーラも飲んでいました。
「食」に関することについて、ほとんど意識していなかったのが実情です。
◆食トレが近づいてくる
そして、彼が高学年になり中学野球を意識し始めた頃。
私の耳に「中学野球って、すごく食べさせられるんだって!」という噂が入ってきました。
更には、中学野球の食育についていけるように、今からご飯の量を増やしている、なんて話もありました。
間違いなく、栄養バランスの取れた食事は最高です。
その最高の食事を提供するのは親の役目だとも思います。
しかし、私には料理スキルがないのです。
そんな自分の言い訳は、
「食事って栄養が良けりゃいいってだけじゃないでしょ。美味しいとか、楽しいとか、誰とどこで食べるのかとかも大事でしょ。」です。
そして私は「誰とどこで、楽しく美味しく食べるのか」に焦点を合わせた食育方針に振り切りました。
「不味くても、不味いことを笑って食べる」
「リクエストメニューに応える」
「今日の楽しかった話をしながら食べる」
「今日の嫌だったことを吐き出しながら食べる」
「ジャンクフードの罪悪感は、共有しながらクスクス笑って食べる」
などなど、心の栄養を補給できるような食事スタイルを取りました。
この食事スタイルで得られる栄養を、私は勝手に「メンタル栄養素」と呼んでいます。
◆急に増えた食欲
息子は、高学年の頃、信じられないくらいの食欲を発揮してきました。
御飯3杯は当たり前、それに伴い必要になるおかずの多さ。
私のおかずも息子に回し、私は漬物だけ、なんて日も普通にありました。
あの食欲が始まった当初、私は彼の消費量についていけず大変でした。
その時、身長が一気に伸びたり、体重が増えたりと、体の成長が著しかったのです。
食べたから大きくなったと言うより、体の方が大きくなるために栄養を欲していたという印象です。
その時期は、食欲のままに野菜でもなんでもとりあえず食べてくれました。
そこから本人の希望を聞いて食べやすい味付けにする。
そしてまた、どんどん食べる。
そのサイクルを回し、沢山食べられる土台を積み上げていきました。
ただ、このサイクルは、誰にでも同じように回るものではありません。
◆食トレも愛情
食事の量がなかなか増えずに悩んでいるママたちは、本当に真面目で、真剣です。
料理が苦手な私のようなママも、
得意ではないけれど、子どものために栄養バランスを必死に考えているママも、
料理が得意で、毎日の三食やお弁当を丁寧に作り込んでいるママも、
立場やスキルは違っても、みんな同じ方向を向いています。
「この子のために、今できることをやろう」
その思考を巡らせていること自体が、もう十分すごいことだと、私は思います。
食べる量が増えないことは、ママの努力不足ではありません。
子どもの成長のタイミングや、体の準備が、まだそこに追いついていないだけのこともあります。
それでも食べようと頑張る子はえらいです。
それでも食べてもらおうと頑張るママもえらいです。
わが子にそんな思いさせたくないですもんね、本当は。
「好きなものを楽しく食べることの幸福感、これ以上の食育があるのか?」
「ママが試行錯誤した食育に不正解なんてない」
これは、料理スキルのない私の言い訳であることは否定しません。
しかしそこには、いつか通る「食事トレーニング」という道を走り切る、メンタル栄養素がたっぷりと入っていると信じています。