「まだ履ける」と言い続けて、試合の前日に走った話
息子のスパイクは、これまでに6足買いました。
最初の1足は、小学1年の春です。近所のスポーツ用品店で、3,000円ほどの、白と黒のいちばん安いものを選びました。サイズは20センチだったと思います。
そこから毎年のように買い替えて、今は26センチです。私の靴と、ほぼ同じになりました。
6足も買っているのに、いまだに分からないことがあります。
いつ買い替えればいいのか、という判断です。
壊れたら買う、というのは分かりやすい。実際、小学4年のときは練習中に底のポイントが取れて、その週のうちに買いに行きました。壊れてしまえば、こちらも迷いようがありません。
6足のうち、壊れて買い替えたのは2足だけです。残りの4足は、まだ履けるように見えるまま、下駄箱から消えていきました。
難しいのは、壊れていないのに小さくなっているときです。
見た目は何ともない。汚れてはいるけれど、まだ形は保っている。本人も「まだ履ける」と言う。それで私は、いつも判断を先に延ばしてしまいます。
中学の入学祝いに買ったスパイクは、4月の時点ではぴったりでした。かかとを合わせて、つま先に指一本ぶんの余裕がある。店員さんにもそう教わって、そのとおりのものを選んだつもりでした。
7月に入ったころ、息子が玄関で靴べらを使うようになっているのに気づきました。
スパイクを履くのに、靴べらです。
「きつくないのか」と聞くと、「まだ履ける」と返ってきました。
その返事を、私はそのまま受け取りました。というより、受け取ったことにしたのだと思います。買い替えれば7,000円か8,000円は飛びます。夏の遠征費の話を妻としたのが、その数日前だったこともあります。
あとで知ったのですが、この年代の子どもの足は、半年で5ミリほど伸びることもあるそうです。4月にぴったりだったものが7月に窮屈になるのは、どうやら珍しい話ではないようでした。
気づいたのは、1年生だけで出る大会の前日、土曜の夕方でした。
玄関で息子がスパイクを脱いだあと、右の靴下の先が、うっすら赤くなっていました。
「いつからだ」と聞くと、「先週くらい」と言いました。
それ以上は何も言わず、洗面所に行って手を洗っていました。絆創膏を貼ってやろうとしたら、自分でやると言われました。痛いとも、買ってくれとも言いません。
妻に「これ、今日買いに行ってくる」と伝えると、「そうだね」とだけ返ってきました。予算の話は、そのときは出ませんでした。
時計を見たら5時半で、閉店までにはまだ余裕があります。財布を持って、車を出しました。
息子は連れて行きませんでした。翌日が試合なので早く休ませたかった、というのは半分です。残りの半分は、店でサイズを測って「やっぱり小さかった」と分かる場面に、本人と一緒に立ち会いたくなかったのだと思います。
イオンの中のスポーツ量販店で、棚を端から見ました。26.5センチとなると、子ども用の棚にはもう並んでいません。大人と同じ列から選ぶことになります。中学の軟式では金具のスパイクが使えないので、樹脂底のものだけを見ていきました。26.5センチ、白。在庫があったのは二種類で、選ぶというより、履けるほうにした形です。
「明日、試合なんです」と言うと、レジの若い店員さんは「そうなんですね」と、少しだけ驚いた顔をしました。それ以上のやりとりはありません。会計を済ませて、袋も断って、そのまま店を出ました。
帰りの車で、後部座席の箱をミラー越しに見ながら考えていました。
息子は「まだ履ける」と言ったのであって、「痛くない」とは言っていません。
私は聞き方を間違えていたのだと思います。履けるかどうかを聞けば、履けると答えるに決まっている。中学生の男の子が、自分から「足が痛い」と言い出すところを、私はまだ一度も見たことがありません。
それに、正直なところ、私は「まだ履ける」という返事が来ることを、どこかで期待していました。
判断を先に延ばしていたのは、息子ではなく私のほうです。
家に着いて箱を渡すと、妻は中身も見ずに「間に合ってよかったね」と言いました。責める言い方ではありませんでしたが、間に合っていなかった一週間があることは、お互いに分かっていたのだと思います。
翌日の試合、新しいスパイクで走る息子は、特にいつもと変わりませんでした。
帰ってから「どうだった」と聞くと、「軽い気がする」とだけ言って、そのまま二階に上がっていきました。
親指の絆創膏が取れたのは、それから一週間ほどあとのことです。
次からは、「まだ履けるか」ではなく「どこか当たるところはないか」と聞くようにしようと思います。
野球を知らない私に技術的な助言はできませんが、質問の仕方を変えるくらいなら、明日からでもできます。7足目を買うのは、たぶんそんなに先の話ではありません。