1日帯同した日の夜ごはんは、頑張らなくていい
少年野球をしていると、週末が朝から晩まで野球で終わる日があります。
朝はまだ暗いうちから起きて、おにぎりやお弁当の準備をして、水筒や補食を確認して、集合時間に間に合うようにバタバタと家を出る。
そこから練習や試合に帯同して、気がつけばもう夕方。
帰りの車の中では、子どもは眠そうだったり、逆に試合の話でテンションが高かったりするのですが、親の頭の中には別の問題が浮かび始めます。
「今日の夜ごはん、どうしよう」
私はこの時間が、地味にいちばんしんどいです。
一日外にいたあとの疲れは、思っている以上に大きいものです。
応援しているだけのようで、実際は気も使うし、体力も使います。
天気が良ければ暑さや日差しで消耗するし、寒い日は寒い日で体が固まる。
子どものプレーに一喜一憂して、帰る頃にはこちらもすっかり疲れきっています。
それなのに、家に帰れば夜ごはんが待っています。
私は以前まで、「せめて夜はちゃんとしたものを食べさせなきゃ」と思っていました。
朝も昼も野球中心だったぶん、夜くらいは栄養を考えた献立にしたほうがいいのかなとか、疲れているからこそ温かい手料理を出したほうがいいのかなとか。
そんなふうに考えて、帰りの車の中で頭の片隅にずっと「晩ごはんミッション」を抱えていました。
でも、現実はそんなにきれいにいきません。
スーパーに着いても、まず献立が浮かばない。
買い物かごを持っても、何を作るか決めきれない。疲れすぎていて、「切る」「焼く」「片づける」まで考えた瞬間に、全部が面倒になります。
ようやく家に帰っても、泥だらけの荷物、洗うべきユニフォーム、空になった水筒、散らかった車内が待っていて、台所に立つ前からもう気持ちが折れそうになります。
外食ならラクかというと、これもまた簡単ではありません。
子どものユニフォームは泥だらけ。
砂もついているし、汗もかいているし、このまま入っていいのかなと余計なことが気になり店選びも疲れます。
だからといって、一度家に帰ってから着替えてまた出かけるのも面倒。
もう今日は、できれば動きたくないのが本音です。
そんなときまで「栄養を考えなきゃ」「手作りしなきゃ」と思っていると、どんどん苦しくなりました。
我が家も何度もありました。
冷蔵庫の前で立ち尽くして、何も決められず、結局あり合わせで済ませる。
疲れているから会話も少なくなって、食卓の空気まで重たくなる。
そして子どもが寝たあとに、「もっとちゃんとできたんじゃないかな」と一人で反省する。
今思えば、いちばんしんどかったのは夜ごはんそのものより、そこに勝手に乗せていた「ちゃんとしなきゃ」という気持ちだったのかもしれません。
でも、あるときから考え方を変えました。
一日帯同した日の夜ごはんは、もう頑張らなくていい。
むしろ、頑張らない前提で考えておいたほうがいい。
そう思ったら、少しラクになったんです。
お弁当を買って帰る日があっていい。
牛丼でも、うどんでも、おにぎりとからあげでもいい。
スーパーのお惣菜でも、コンビニでも宅配ピザだっていい。
「今日はこれで終わり」と決められるものがあるだけで、気持ちが全然違います。
帰り道に買って帰れば、家に着いた瞬間に「もうごはん問題は解決している」という安心感があります。
もちろん、毎日それでいいとは思っていません。
平日に少し整えられる日があれば、それで十分です。
週末の一日帯同した夜まで完璧を目指していたら、親のほうが先に疲れきってしまいます。
子どもに必要なのは、毎回理想的な献立ではなく、疲れて帰ってきたときに、家の中がピリピリしていないことなのかもしれません。
親がヘトヘトで、台所でイライラしながらごはんを作っているより、「今日はこれにしよう。お疲れさま」で終われること。
その一言のほうが、案外、家族の空気を守ってくれる気がしています。
少年野球をしていると、食事のことはずっとついて回ります。
補食、朝ごはん、お弁当、試合後の食べ方。気にし始めると、本当にキリがありませんよね。
だからこそ、どこかで力を抜く場所を作っておかないと続きません。
我が家にとって、その“抜く場所”が、一日帯同した日の夜ごはんでした。
頑張れない日があるのではなく、最初から頑張らなくていい日がある。
そう決めてから、週末が少しだけラクになりました。
一日帯同した日の夜ごはんの栄養は、思いきって諦める。
それは手抜きではなく、これからも長く子どもを応援していくための、立派な作戦だと思っています。