道具へのこだわり
野球を始めたばかりのお子さんにとって、自分の道具を持つことは、ヒーローが武器を手にするような特別な瞬間です。しかし、いざショップへ行くと、その種類の多さと価格の高さに親は圧倒されてしまいますよね。
今から十数年前、息子の小学生時代は、まさに「ビヨンドマックス(通称ビヨンド)」の大流行期でした。
打球部が柔らかいウレタン素材でできているビヨンドは、驚くほどよく飛びます。当時の少年野球界では「バットでヒットを買う」と言われるほどで、価格も1本3万円前後と小学生の道具としては破格でした。
実はこのビヨンド、息子のためにと叔父が購入してくれたことがありました。高価なプレゼントに息子も大喜び。親としても「これでヒットが増えるなら」と期待しました。しかし、ここで待ったをかけたのが、野球経験者ではない旦那でした。
旦那は親としての冷静な観察眼で、息子のバッティングをじっと見てこう言いました。
「ビヨンドは確かに飛ぶ。でも、今のあいつのスイングを見ていると、このウレタンの感触は逆に合わない気がする。流行りに乗るよりも、あいつが一番振り抜きやすい、芯を感じられるバットを探すべきだ」
実際、息子もしっくりこなかったようで、その前に購入していた5000円程度のバットを使っていました。
結局、叔父の厚意で手元にあったビヨンドはほぼ使わず、別のタイプのバットを自分たちで探し、購入することにしました。専門的な技術論はわからなくても、一番近くで練習を見ている親だからこそ気づける「違和感」があったのです。
意外なこだわり、それは「バッテ」
息子が執着したのが、手とバットを繋ぐ「バッティング手袋(バッテ)」でした。
正直、私からすれば「道具といえば、バットとグローブがメインでしょ?」という感覚。消耗品である手袋にそこまでこだわるの?と不思議でなりませんでした。しかし、中学の途中、相手ピッチャーの球威が増してくると、彼にとってバッテは単なる手袋ではなく、インパクトの瞬間に力を集約させるための「精密機械のパーツ」のようになったのです、なんてことはありません。息子は感覚で決めるタイプなので、うーん違う、なんか違う、ちょっと違う、こんな日々が続きました。なんでもいいやん、と私が言うと、いや、といい、納得するものが見つからないと購入しなかったり他の店舗へ行くこともよくありました。
息子は体も手も人一倍ごつく、なかなか「これだ!」としっくりくるものに出会えません。ショップに行っては、納得がいくまで片っ端から試着を繰り返しました。
1万円近い高級品から3,000円程度のものまで、ピンからキリまで試しました。でも結局、「高いから良い」わけではありませんでした。高価な革よりも、安価でも伸縮性の良い素材の方が彼のごつい手には馴染むこともありました。前良かったメーカーも今回は違うなんてこともざらにありました。彼は値段で決めることはありませんでした。
1万円のバッテが1回で破れたこともあります。泣けてきますよ、ほんとに。気に入っていれば破れていても次にしっくりくるものが見つかるまでそれを使い続けます。
本当に彼はバッテだけにはこだわっていました。ファーストミットで外野を守っているような子でしたが。
月日は流れ、現在、息子は大学野球のステージにいます。
今の彼は「バットはチームバット(共有バット)でいいよ。自分が振りやすいものをその中から探すから」と言います。「木製バットが必要なら、ネットで安いのを買ったらいいよ」といいます。
しかし、そんな彼が今でも唯一、必ず店舗へ足を運び、自分の手で試着して選ぶのが「バッテ」です。バットという大きな「主役」は自分の技術で使いこなせる。けれど、自分と道具を繋ぐ唯一の接点だけは、自分の感覚で確かめたい。そんな彼は今、お気に入りのバッテを常に2つ持ち歩いています。もちろん、買わされましたけど。でも、バットの時より、真剣に選び、小学生中学生高校生の時のように試着をしていました。
親から見れば「?」でも、その感覚を大切に
お子さんも、親から見れば「なんでそんなところに?」と思うような、意外な場所にこだわりを見せるかもしれません。でも、その小さなこだわりこそが、お子さんが自分の体や感覚と向き合っている証拠です。高価なものを与えるのが全てではないと思います。
親が「そんなのどれでも同じだよ」と切り捨てず、そのこだわりを大切に面白がってあげてみてください。子供なりの大切な感覚や感性があるはずです。
その寄り添いが、いつかお子さんが自分自身の力で立ち上がるための、強固な土台になります。
お子さんの今の体にぴったりの「相棒」を見つける道のりは、時に遠回りかもしれません。でも、その一双、その一振りと向き合う時間が、お子さんの野球人生を、そして親子の絆を、力強く後押ししてくれるはずです。