野球というスポーツとメンタル
野球は団体競技でしょうか。もちろん答えは「はい」です。9人で守り、9人で攻める。誰か一人だけでは勝てません。
でも、私はずっと思っています。
野球は、団体競技でありながら、一番大事な場面では個人競技になるスポーツだと。
例えば、二死満塁。みんながつないで、つないで、やっと作ったチャンス。そこで打席に立つのは、たった一人です。ベンチも、応援席も、チームメイトも見守っています。相手ピッチャーも必死です。
打ちたい人。
打たれたくない人。
勝負するのは、その二人だけ。周りは見ていることしかできません。こんなスポーツ、他にあるでしょうか。
バレーボールやバスケットボールは、ミスをしてもすぐに次のプレーが始まります。
一本決め返せばいい。
一本守り返せばいい。
流れを変えるチャンスは何度もあります。もちろんプレッシャーはあります。でも、一度切り替える時間があります。
野球には、それがありません。せっかく作ったチャンス。その一球を打てなければ守らなければ終わることがあります。同じ場面は二度とやってきません。
だから、野球は技術だけではなく、メンタルのスポーツなのです。
ゴルフもメンタルスポーツと言われます。でも、ゴルフは個人競技です。コースマネジメントも、自分。失敗しても成功しても、自分の責任です。
相撲も似ています。立ち合いは一瞬。頭から当たるのか、まわしを取りに行くのか。ただし、その判断も自分。誰の力も借りれません。次はありません。ただし、勝っても負けても、結果は自分のものです。
でも、野球は違います。
チームが作ってくれたチャンスを、自分一人が背負う。ここが野球の難しさであり、面白さでもあります。
だからでしょうか。
試合で子どもがエラーをしたとき、不思議なことが起こります。なぜか親がチームメイトに謝るのです。
「すみません……。」
謝ったところで結果は変わりません。
でも、それくらい親も一緒に緊張しているのです。本当に親も見ていられないぐらい緊張します。スマホを息子に向けたまま録画ボタンだけを押し、目をつぶったことが何度あることでしょう。
試合後は親のほうがぐったり。本人は意外とケロッとしていることもありました。
ある日、息子がこんなことを言いました。
「共通テストより野球のほうが緊張した。」
最初は笑いました。でも、理由を聞いて納得しました。共通テストは、自分一人で受ける試験です。失敗しても、自分の責任です。誰にも迷惑をかけないから、と言いました。
でも野球は違う。
自分の一球で、仲間の努力が報われることもあれば、終わってしまうこともある。その重圧は、想像以上だったのでしょう。大学入試より緊張するなんて。
中学生の頃の試合で迎えた、あの一打。
高校時代、強豪・京都国際との試合でレフトへ飛んできた大きなフライ。
「あの瞬間、何を考えていた?」
そう聞いても、息子は決まってこう言います。
「覚えてない。」
緊張しすぎると、人は記憶が飛ぶのかな、と思います。強豪校との試合はほとんど覚えていないといいます。
ホームランを打った時息子はスローモーションになるそうです。そして打球がすごく軽く感じるんだそうです。なので、あ、いったな、ってわかる、と本人が申しておりました。これも普通ではないですよね。きっと、それほど集中しているのでしょう。
一方で、こんな話もあります。
京都国際の、後にプロへ進んだピッチャーと対戦したときのことです。
「どうやった?」
と聞くと、息子は笑いながら言いました。
「緊張せえへんかった。」
「なんで?」
「怪物すぎて、緊張するレベルちゃうかった。打てるわけないわw」
その言葉には思わず笑いました。相手が圧倒的すぎると、「打たなきゃ」というプレッシャーより、「すごいものを見た」という気持ちのほうが勝つのでしょう。
でも、そういう経験もまた財産です。
野球で経験した緊張は、社会に出ても役立ちます。
人前で話すとき。
大事な試験を受けるとき。
就職面接。
プレゼンテーション。
人生には「ここ一番」が何度もあります。そんなとき、「あの満塁の打席よりは楽だな。」「あのフライを捕る瞬間よりは緊張しない。」そう思えたら、少し肩の力が抜けます。
野球はボールを打つスポーツではありません。心を鍛えるスポーツなのかもしれません。
だから私は、学童野球の価値は、勝った負けたではないと思っています。
子どもたちは試合を通して、技術だけではなく、重圧と向き合い、失敗を受け入れ、次に進む力を身につけています。
その経験は、大人になってからもきっと役に立ちます。
野球は団体競技です。チームメイトが支えになるときもあります。
でも、一番大切な瞬間だけは、一人で立ち向かわなければならない。
だからこそ、野球ほど人を成長させるスポーツは、そう多くないのではないかと私は思います。