熱血ではない父親が、次男の野球をきっかけに走り始めて気づいたこと
私は熱血野球パパ、ではありません。
仕事や家庭の事情で練習や試合にはほとんど行けていません。
グラウンドの空気はあまり分かりませんが、朝の空気の中で子どものことを考えるようになった父親です。
そんな時間ができたのは、朝に走るようになったからでした。きっかけは、次男の野球です。
ちょうど自分の体調も気になっていて、何かスポーツでもしようかとは思っていました。ただ、そう思っていただけで、たぶん何も始まらなかったと思います。実際に動き出せたのは、次男のひと言があったからでした。
「明日から朝、走ろう」
次男が野球チームに入ってしばらくした、夏休み前の夜だったと思います。その言葉を聞いたとき、これは父親の出番かもしれない、と少し思いました。二人でドン・キホーテに行って、安いランニング用の服を買いました。あの買い物は、今思い返しても妙に楽しかったです。まだ何も始まっていないのに、少しだけ先のことが楽しみになったのを覚えています。
初日は近所を走りました。父親としては、最初くらいは前を走らないといけない気がしていました。ところが、やはりすぐにバテました。思っていたよりきつくて、かなり早い段階で切り上げた記憶があります。かっこいい背中を見せるつもりでしたが、最初から少し情けない背中だったと思います。
そして二日目から、次男は来なくなりました。早いな、と思いましたが、それはそれで子どもらしいとも思いました。本当はそのまま一緒に続けたかったので、私は毎朝決まった時間に起きて、次男の部屋まで声をかけに行きました。いつか「やっぱり行く」と起きてくるかもしれないと思っていたからです。長男にも声をかけましたが、そちらはそちらでダメでした。結果として、一人で近所を走るのが私の日課になりました。
それでも走り続けたのは、言葉で言うより、やっているところを見せたほうが早いかもしれないと思ったからです。
実際、自分の体にも少しずつ変化が出てきました。最初は1キロ走るのも怪しかったのに、数か月たつころには、何キロか走ってから会社へ行く日も出てきました。汗をかくようになり、体重も少し落ちて、健康面では分かりやすい変化がありました。ただそのぶん、洗濯物は増えましたし、夏はペットボトルのごみも増えました。野球をする子どもがいるところに、今度は走る父親まで加わったので、家の中の細かい出費も少し増えた気がします。
走っていて思うのは、始める前の「面倒だな」を超えるのが、いちばん大変だということです。外に出てしまえば、何とかなる日が多い気がします。終わったあとは少しすっきりして、また走ろうかなと思える。あの感じは、野球にも少し似ているのかもしれません。やらされていることと、自分でやろうと思ってやることは、やはり違うのだと思います。次男も、やらされているだけではないから続いているのかなと、走りながら考えることがあります。
今では休みの日に、10キロ前後走るようになりました。以前、その有名なランニングコースを走っていたとき、体力づくりで走っている野球チームの中に、たまたま次男がいました。次男は列の後ろのほうにいて、追い越すときに肩を軽く叩きました。すると後ろから「お父さん、何周目?」と声がして、私が「三周」と返すと、「すげー」と聞こえました。あれは少しうれしかったです。父親として、少しだけ格好がついた日でした。
そのランニングコースには、まだ走り始めたばかりの頃の思い出もあります。今度こそ一緒に続けられるかと思い、次男を連れていったことがありました。でも、長い一周の半分も行かないうちに、二人で公園のベンチに座ってジュースを飲み、そのまま電車で帰りました。私としては少し残念でしたが、あれはあれで悪くない時間でした。走れなかったのに、妙に覚えています。今では私も次男も、それぞれの形でそのコースを走るようになりました。
走りながら考えるのは、仕事のことも多いです。気づいたら長く考えていて、距離だけ進んでいる日もあります。それでも、空を見たり風の強さを感じたりすると、少し気分が切り替わります。明日は晴れるといいな、と思うことも増えました。野球と走ることは違うのに、天気が気になるところは少し似ている気がします。
次男の野球がなければ、私はここまで走っていなかったはずです。結局、続けているのは自分ですが、最初のきっかけをくれたのは間違いなく次男でした。熱血ではない父親でも、子どもに動かされることはあるのだと思います。そんなことを、走りながら考えています。