「宿題、いつやってるんだ?」── 19時半に帰る息子と、勉強時間の話
私は、息子の勉強にあまり口を出さない父親です。
野球と同じで、教えられない側にいます。中学2年生の英語の教科書を、息子の机から借りて開いてみたことがあります。最初の3行で、頭が止まりました。
息子が中学に上がってから、家の中の時間が、がらりと組み替わりました。
部活が終わるのが19時。帰宅は19時半すぎ。ご飯と風呂で、いつのまにか20時半を過ぎている。机に向かうのは、21時か、22時。次の朝6時半に起きてくる息子の机を見ると、教科書がときどき、夜と同じ場所のまま、開かれずに置かれていることがあります。
スポ少時代は、平日は16時半には家にいました。あのころは、宿題を学校で済ませてくるのが当たり前で、家でやるのは漢字ドリルだけ、というような夜が続いていました。中学に上がって、その当たり前が崩れたことに、最初、私は気づいてさえいませんでした。
ある夜のことです。
息子が二階の自分の部屋に上がったあと、台所で洗い物をしていた妻が、ふと低い声で言いました。
「宿題、いつやってるんだろう?」
蛍光灯の下で、洗い物の音だけが鳴っていました。
「……朝の電車のなかで、やってるって言ってたかな」
私はそう答えました。ただ、それは1か月以上前に息子から聞いた話で、最近のことではありません。妻は「ふーん」と短く言って、洗い物の続きに手を戻しました。
そのまま30分くらい、台所で二人で話しました。
妻の提案は、夏期講習だけでも、個別塾に入れてみないか、というものでした。練習が忙しすぎて、勉強する時間がそもそも足りないのかもしれない、と妻は言いました。中学2年で塾に通う子どもは、いまでは7割近くにのぼるのだそうです。数日前にネットで読んだ数字を、頭の隅で思い出していました。「うちだけが、遅いわけじゃないのかもね」と妻が言って、私は黙って頷きました。
それでも、私は即答できませんでした。
塾に入れることで、息子の何かが片づくのか。それとも、息子が「やらされている」と感じて、壊れるほうに転ぶのか。
3年前の秋のことを、私は思い出していました。YouTubeで仕入れた知識で、息子のバッティングフォームに口を出して、スイングを壊した、あの10月のことです。あれから、技術にはなにも言わない、と心の中で決めました。
勉強もたぶん、同じ場所に立っているのではないか、と思いました。
ただ、その晩、妻と話しながら、もうひとつ気づいたことがあります。
「踏み込まない」と「見ない」は、違うのだと。
踏み込まないと決めた以上、宿題のスケジュールに私が口を出すことはしない。塾を入れるかどうかも、息子の意思を聞かずに決めることはしない。
でも、見ないわけではないのです。
机の上のシャープペンシルが、朝になっても、夜と同じ位置にあれば、それは前夜に教科書を開かなかった日。少しでも位置が動いていれば、何かを書いた夜。
そのくらいは、見てもいい範囲なのだと、思うようになりました。
それから2週間ほど経った、土曜日の夜のことです。
夕食の食器を下げているとき、息子のほうから、ぼそっと、「数学の宿題、後でやる」と言ってきました。
なんでもないやり取りでした。「うん」と私は返しました。
ただ、息子の口から「宿題」という言葉が出たのは、おそらく、中学に上がって初めてだったと思います。それまで、宿題は私たちが触れない方がいい話題のように、息子のなかで扱われていた節がありました。
向かいに座っていた妻が、私を見て、小さく頷きました。
塾は、結局、まだ入れていません。
夏期講習をどうするかは、これから息子と話します。決めるのは私ではありません。
ただ、もし通うことになれば、塾までの送迎は、たぶん私の担当になるだろうと思います。送迎は、スポ少時代の6年間、ずっと私の仕事だったので。
勉強の中身に踏み込めなくても、塾までの15分の道を運転することはできる。教えられないかわりに、運転席に座ることはできる。
私にとっての勉強の関わり方も、たぶん、そういう距離感で構わないのだと、最近、少しずつ思うようになりました。
机のシャープペンシルが朝までに動いているかどうかを、私は、明日も静かに見ます。それくらいの距離が、19時半に帰ってくる息子と、教えられない父との、いまの正解なのかもしれません。