道具屋の店員と、立ち話するようになった話
気がつくと、月に一度、あの店に立ち寄るようになっていました。
家から自転車で15分、ロードサイドにある中規模の野球専門店です。看板にバットのイラストが描かれていて、ガラス戸にはチームの優勝旗の写真が貼ってあります。買う物が決まっているわけでも、用事があるわけでもない日でも、私はそこへ寄ります。
1年前まで、私はその店の前を、自転車で通り過ぎるだけの人でした。
息子がスポ少にいたころ、道具はぜんぶ妻がオンラインで買っていました。サイズも、メーカーも、価格も、妻が決めて、私はダンボールが届いたら開けて、息子に渡すだけ。グラブの型番も、私はちゃんと覚えていませんでした。
最初に、あの店に入った日のことを、いまでも覚えています。
それは、息子が中学の軟式野球部に入って数か月経ったころ、グラブのオイルが切れた夜のことです。妻が「明日、買って帰って」と言って、私は店の場所をスマホで調べました。
ガラス戸を押すと、頭の上で小さなベルがチリンと鳴って、レジから店員さんが「いらっしゃいませ」と声をかけてくれました。「グラブのオイル、どこですか」と聞いて、棚の前に案内してもらって、それだけで終わった日でした。
最初の数回は、レジで店員さんから質問されるたびに、答えられないことばかりでした。
「グラブのメーカーは何ですか」 「内野手用か外野手用ですか」 「革は天然ですか合皮ですか」
正直、わかりませんでした。妻が買ってくれた道具なので、メーカーも品番も覚えていない。「えーと、家で見て、また来ます」と答えて、店を出る。1年前の私は、スポーツショップのレジで、店員さんの質問にひとつも答えられない種類の保護者だった、ということです。
それから、紐替えの相談で、もう一度行きました。スパイクのサイズで、もう一度行きました。バットの長さで、店員さんに「相談したいんですが」と言って、棚の前で30分くらい立ち話をした日もありました。
店員さんは50代くらいの男性で、エプロンに名札がついていました。最初のうちは、その名札を見ていませんでした。途中から、なんとなく「○○さん」と心の中で呼ぶようになって、ある日、レジで「○○さん、入荷の件、ありがとうございました」と、口に出していました。
向こうは少し驚いた顔をして、「あ、覚えてくれてたんですね」と笑いました。
グラウンドでは、私はうまく喋れません。
ママたちの輪に入れないし、父親の仲間も少ない。コーチに挨拶して、ベンチの裏に立って、試合が終わったら車を出す。それが、私のグラウンドでの定位置です。
でも、店のなかは違いました。
店員さんと私のあいだには、息子の道具という共通の話題と、1対1という距離感があります。グループに入る必要がない。順番に並んで、相談して、買って帰る。それだけです。
私はたぶん、ああいう関わり方のほうが、ずっと得意なのだと、最近になって気づきました。
何かで読んだのですが、50代の男性は、職場や家族のほかに気軽に相談できる相手がいない割合が、ほかの世代よりも明らかに高いのだそうです。記事の数字をぼんやり眺めながら、自分のことだ、と思いました。
予定がない週末でも、私はその店に行きます。
たいてい、何も買いません。バットの新作を眺めて、ヘルメットの値札を見て、グラブのウェブの色を確かめて、20分くらいで店を出ます。○○さんは、忙しそうな日もあれば、暇そうな日もあって、忙しそうな日は会釈だけ交わして帰ります。
妻には「あの店、どうしてそんなに行くの」と一度だけ聞かれました。
「散歩」と答えました。それで会話は終わって、妻もそれ以上は聞きませんでした。
息子は、私がその店に通っていることを、たぶん知りません。
家に道具が必要になったとき、「お父さん、これお願い」と頼んでくることはあります。でも、私が予定のない日にも店に寄っていることは、知らないと思います。グラブの紐の入荷情報を○○さんから聞いて、月のうちでぼんやり待っていることも、知らない。
それでいい、と最近は思うようになりました。
親の居場所は、子どもに見えるところに、ぜんぶ揃っていなくていい。子どもに見えないところに、少しずつ作ってもいい。私の場合は、それが自転車で15分の野球専門店だった、というだけの話です。
明日も、たぶん私はあの店に行きます。何も買わない日でも、ガラス戸を押して入ります。頭の上で、小さなベルが鳴る音が、最近は私のなかで、少しだけ心地よいものになっています。