なぜ同じチームでも学年によって雰囲気が違う?少年野球で感じた保護者の熱量
少年野球では、チームに所属する人数によって、二つの学年が一つのチームとして試合に出ることがあります。
娘が所属するチームでも、普段から二つの学年が一緒に練習し、練習試合や公式戦を戦っています。
同じユニフォームを着て、同じグラウンドで練習している子どもたち。それでも見ていると、学年によってチームの雰囲気や野球に対する熱量が大きく違うと感じることがあります。
ある学年の子どもたちは、野球に対してとても積極的です。
「次の大会では絶対に優勝する」
「自分たちの代では全国大会に行く」
そんな目標を子どもたち同士で話し、自主練にも熱心に取り組んでいます。
その学年には、子どもたちの気持ちを積極的に応援している保護者が何人もいます。
「こんな練習をしてみよう」
「みんなでこれを揃えよう」
誰かが声を上げると、ほかの保護者からも「それ、いいな」「やってみよう」と意見が出ます。
お揃いのタオルやバッグ、手首につけるグッズなどを用意して、子どもも保護者も一緒になって気持ちを高めています。
こうした様子を見ていると、その学年には、みんなを同じ方向へ動かす大きな流れがあるように感じます。
一方で、別の学年を見ると、野球との関わり方は家庭によってさまざまです。
試合に勝つことやレギュラーになることを強く目指す家庭もあれば、「週末に楽しく体を動かしてくれたらいい」「本人が嫌がらずに通えているなら、それで十分」と考える家庭もあります。
保護者も、練習や試合を積極的に見に来る人もいれば、車出しなど必要な役割はしながら、普段は少し離れたところから見守っている人もいます。
どちらがよくて、どちらが悪いということではありません。
私の娘も、毎日自主練をして「絶対にポジションを取る」と燃えるタイプではありません。試合ではベンチで過ごすことも多くあります。
それでも、本人は野球が好きで、楽しいと言って練習へ行っています。集団で行動することが少し苦手な娘にとって、チームに入り、仲間と一緒に体を動かしていること自体に大きな意味があると私は思っています。
ただ、野球に対する目的や温度が違う二つの学年が、一つのチームとして行動すると、その違いが目立つことがあります。
一方の学年では、子どもと保護者が一緒になって、来年の大きな目標へ進み始めている。もう一方の学年では、子どもも家庭も、それぞれのペースで野球と向き合っている。
誰かがわざと壁を作っているわけではありません。
それでも、学年ごとにまとまって話したり、同じものを揃えたりする機会が増えると、同じチームの中に少し距離があるように感じることもあります。
特に、試合に多く出ている子どもの保護者にとっては、「同じチームなのに一体感が足りない」と感じることもあるようです。
私は、この違いはどこから生まれるのだろうと考えるようになりました。
保護者が熱心に関わっているから、子どもたちのやる気が高まるのでしょうか。
それとも、子どもたちが本気で「野球がうまくなりたい」「大会で勝ちたい」と思っているから、保護者も「それなら応援しよう」と積極的になるのでしょうか。
おそらく、どちらか一方ではないのだと思います。
子どもが「やりたい」と言い、それを親が応援する。親が一緒に動いてくれることで、子どもはさらにやる気になる。
そこへ、同じ気持ちを持つ子どもや保護者が加わることで、その熱が学年全体へ少しずつ広がっていく。
そんなよい循環が自然に生まれた学年は、技術だけではなく、団結力も強くなっていくのかもしれません。
だからといって、親が強く引っ張れば、必ず子どものやる気が高まるわけではありません。
親から「もっと練習しよう」「絶対に勝つぞ」と言われることで頑張れる子もいれば、その熱意を負担に感じてしまう子もいます。
勝つことを目標にする子も、友達と野球を楽しみたい子も、週末に体を動かしたい子もいます。野球を続ける理由は、一人ひとり違っていていいはずです。
全員を同じ熱量にそろえようとするのではなく、まずは、それぞれの子どもが何を求めて野球をしているのかを知ること。
その違いを認めたうえで、二つの学年が一つのチームとして、どんな目標なら一緒に目指せるのかを考えること。
それが、学年を超えて一つになるための出発点なのかもしれません。
同じ目標を持つ子どもと、その気持ちを応援する保護者が集まったとき、学年全体に大きな勢いが生まれる。
娘のチームを見守る中で、私はそんな子どもと親の熱意のつながりを感じています。