ちょっと嫌味かもしれませんが。いつもレギュラーの親御さんへ
少しシビアな話をします。
レギュラーの子どもの親と、そうでない子どもの親。同じチームにいても、見えている景色は少し違います。
もちろん、レギュラーの親御さんだって、レギュラーであり続ける大変さがあります。ケガをしないか、調子を落とさないか、試合で結果を出せるか。我が子が頑張っているのだから、喜んでいいんです。
ただ、その一方で、試合に出られない子どもと、その親にも、それぞれの戦いがあります。
息子が中学のクラブチームにいた頃の話です。
息子は、なぜかスライディングが大好きでした。おかげでユニフォームはいつも泥だらけ。
ある試合の帰り、私は別の親御さんと息子のスライディングの話をしていました。
すると、その方が、
「うちの息子、いつもユニフォームが真っ白で帰ってくるんです。やっと帯同できたといって喜んでもね。ああ、今日も出られなかったんだなって思うの」
と言われました。私は、ハッとしました。
そうか。
私は息子のユニフォームが泥だらけになることを、ただ「またやってるわ(笑)」くらいに思っていた。
でも、その泥を見ることができない親御さんもいるんだ。
試合に出た子どものユニフォームには、スライディングの跡がある。守備で飛び込んだ跡がある。汗や泥がついている。でも、ベンチにいた子のユニフォームは、きれいなまま。帯同できない子はユニフォームに袖を通すこともない。
その真っ白なユニフォームを洗濯しながら、
「今日も出られなかったんだな」
と思う。
これは、かなりつらいですよね。
息子がケガをして、しばらく試合に帯同しなかった時期がありました。
そのとき、私は初めて、「帯同しない側」の景色を少しだけ見ることになりました。いつも試合に帯同している親御さんたちの会話は、どうしても試合の話になります。
「この前の試合、どうだった?」
「あのときのバッティング、よかったよね」
「次の試合はどうなるかな」
当然です。みんな我が子の試合を見ているのですから。でも、そのとき私が一緒にいた親御さんたちは、いつも帯同していない方たち。話題は、子どもたちの練習風景でした。
「あの練習のとき、こんなことしてたよ」
「最近、こんな感じで頑張ってるよね」
「試合組がいないと、たくさん練習できるよね」
私は、黙っていました。
息子の調子が戻って、再び帯同組に戻ると、また試合の話をする側になりました。そのとき初めて分かったんです。同じチームにいても、親が見ている景色はこんなにも違うんだ。
試合に帯同する親には、試合がある。試合に行くと、保護者はスコアラー、ウグイス嬢、荷物の移動などやるべきことがある。
帯同できない子の親には、また別の時間がある。
どちらが正しいとか、どちらが大変だとかではありません。
ただ、違うのです。
別に、レギュラーの親御さんに「自慢するな」と言いたいわけではありません。
我が子が試合に出れば、うれしい。打てばうれしい。活躍すれば誰かに話したくなる。
それは当然です。でも、ほんの少しだけ想像してみてください。
その話を聞いている親御さんの中に、
「今日も居残りだった」
「今日も名前を呼ばれなかった」
「今日はケガで試合に行けなかった」
という子どもを待っている人がいるかもしれない。そして、その子のユニフォームは、今日も真っ白かもしれません。袖をとおしていないかも。親の心にも、いろいろな感情があります。
「あの子より、うちの子のほうが上手いのに」
「なんで使ってもらえないんだろう」
「監督は何を見ているんだろう」
思ってはいけないと思いながら、思ってしまう。親だって人間です。
我が子が悔しがっているのを見れば、代わりに悔しくなる。でも、その気持ちをそのまま子どもに背負わせる必要はありません。
「もっと頑張れば出られるよ」
そんな簡単な話ではないことを、親が一番分かっているからです。そして、今レギュラーではないからといって、その先もずっとそうとは限りません。成^_^長する時期も違う。体格も違う。力がつく時期も違う。
今の順位が、その子の野球人生を決めるわけではありません。
レギュラーの子も、ベンチの子も、帯同できない子も、みんな同じように野球を頑張っています。だから、親同士まで競争しなくていい。
今日、泥だらけのユニフォームで帰ってきた子も、今日、真っ白なユニフォームで帰ってきた子も、練習している子も、野球を頑張った一日です。
私は、あのときの言葉を今でも覚えています。
「真っ白なユニフォームを見て、今日も出られなかったんだなって思うの」
あの一言で、私は初めて、補欠の親から見える景色を少しだけ知りました。そして息子のケガで帯同しなかった時間に、もう一度、それを実感しました。
野球の戦いは、グラウンドの上だけではありません。
ベンチの中にも、ベンチの外にもある。
そして、その戦いを一番近くで見ているのは、やっぱり親なのだと思います。レギュラーかどうかで、子どもの価値が決まるわけではありません。
今日、試合に出られなかった子にも、今日一日の頑張りがあります。
その頑張りを見つけてあげるのも、親の役目なのかもしれません。いろんな考えの保護者がいますからね。