気づけば4番で副キャプテン。見に行けない父は、いつも少し遅れて知る
私は熱血野球パパ、ではありません。
仕事や家の事情で、練習にも試合にもほとんど行けていません。だから次男の野球について、私はいつも、少し遅れて知ります。
最近もそうでした。 4月から6年生になった次男は、どうやら打順は4番らしい。ポジションはピッチャーかサードらしい。しかも、副キャプテンでもあるらしい。
「らしい」「らしい」「らしい」と続くのは、本当にそんな感じで情報が入ってくるからです。ある日まとめて妻から聞いて、私が後から驚く。父親としては、なかなかの情報密度です。夜の台所がちょっとしたニュース番組みたいになります。
しかも、私の中では、まだキャッチャーの印象が強く残っていました。
防具一式をそろえたときのことを、私はよく覚えています。胸あて、レガース、マスク、ミット。小学生でここまで装備するのか、と素直に驚きました。本人は鏡の前で得意そうに構えていて、親はそっと値札を見て黙っていました。少年野球の親あるあるです。
それが、気づけばピッチャーかサードです。 私の正直な感想は、「キャッチャーどうした?」でした。あの防具はどこに行ったのか。
少年野球では、チーム事情や本人の適性で、ポジションが変わっていくこともあるのだと思います。それは分かります。ただ、現場に通えていない父親からすると、途中の経過が、ごっそり抜け落ちます。連続ドラマの3話と8話だけを見ている感覚に、少し似ています。
この「途中を見ていない感じ」は、やっぱり、少しさびしいものがあります。
どんな練習をして、どんな場面で任されるようになって、誰に何を言われて、どんな顔でそれを受け取ったのか。そういうところを、私はあまり知りません。
妻のほうが、ずっと詳しいです。 チームのスケジュール、保護者の連絡網、本人のコンディション、どの子と仲がいいか——全部、妻のほうが把握しています。私は後から聞いて、「へえ、そうなんだ」と言う係です。
でも、最近は、これも今の自分の役割なのかもしれないと思うようになりました。
全部をリアルタイムで把握する父親ではなく、少し遅れて聞いて、素直に驚いて、必要なときに「それ、すごいじゃん」と言う父親。そういう担当です。
次男にとっても、たぶんそのくらいの距離が、ちょうどいいのだと思います。何でも聞かれて、細かく管理される父親より、少し離れたところで、言いたいときに言いたいことだけ言える父親のほうが、話しやすい日もある気がします。
実際、次男は全部を順序立てて説明してくれたりはしません。
ある日、夕飯のあとに、こちらが何も聞いていないのに、ぽろっと言ってきました。 「今日、打ったんだよね。打点もついたし」
そして、父子のLINEに、新しいアルバムを作ってきました。 タイトルは、そのまま「打てた」でした。ひねりも、絵文字もありません。ただ「打てた」だけの、潔いタイトル。 中には、妻か他の保護者が撮ってくれていたらしい、別々の打席の動画が二本、入っていました。本人がバットを振って、ボールが飛んで、走り出すまでの数十秒。私はそれを、その日のうちに何回か繰り返し再生しました。
私はその試合を見ていません。 それでも、「打てた」と伝えたい気持ちだけは、ちゃんと届きました。見に行けなかった父親にも、ちゃんと、少しだけ届いたのです。
4番、副キャプテン、ピッチャーかサード。並べると、親のほうが勝手に身構えてしまう肩書きです。責任があるだろうな、期待もされているんだろうな、プレッシャーは大丈夫かな——親の脳内会議は勝手に始まります。
でも、家での次男は、相変わらずです。 言葉づかいは少し荒く、機嫌がいい日はよくしゃべり、悪い日は音もなく部屋に消えていく。頼みごとは雑です。アタリメの催促も相変わらず届きます。大きな役割を任されているはずの子が、家ではソファに溶けるみたいに寝転がっている。
その落差を見ると、少し安心します。 家ではちゃんと力を抜けている、ということだからです。外でちゃんと張っている子ほど、家ではだらっとしていてくれたほうがいい。
子どもの成長は、親が全部見ていなくても、勝手に進んでいきます。 それはさびしいことでもあります。 でも同時に、自分の場所で、自分の足で立っているということでもあります。
私はたぶん、これからも、次男の野球を少し遅れて知る父親です。 それでも、後から聞けることがあります。急に届く報告があります。LINEの新しいアルバムに、短いタイトルがつくことがあります。
見ていない時間の中にも、次男の成長は、ちゃんとあります。 今の私は、そのくらいの距離で、次男の野球についていく父親なのだと思っています。