【野球パパの過去と現在】「指導者の言いなり」で苦しかった高校3年間が、今息子の力になるまで
少年野球から中学、高校と野球を続けてきたパパたちの中には、華やかな思い出ばかりではなく、苦い記憶や苦悩を抱えている人も少なくありません。
我が家のパパも、その一人です。 パパは昔、人より少しだけ野球が上手でした。けれど、その「ちょっと上手だったこと」が、彼の高校野球生活に大きな影を落とすことになります。
今回は、パパが高校時代に経験した絶望的な苦悩と、それをママ目線で捉え直した時に見えた「今、息子へ繋がっている大切な財産」についてお話ししたいと思います。
指導者の期待と「自分の野球」を見失った3年間
高校時代、パパを待ち受けていたのは「指導者からの強い期待」でした。
器用にこなせてしまうパパに対し、監督は次々と新しい課題を与えました。フォームの変更、守備位置や動作の改善……。ありとあらゆる試みがパパに課されました。
「監督の指示通りに動かなければならない」 「期待に応えなければベンチに入れない」
自分の頭で考え、楽しく伸び伸びとプレーしていた野球はどこへやら。いつしか「指導者の望む野球を再現するための存在」になっていったそうです。
野球が好きだからこそ、「自分がやりたい野球」と「求められる野球」とのギャップに苦しみました。求められる課題を必死にこなせばこなすほど、パパは「自分本来のプレー」を見失い、野球が楽しいと思えなくなっていったのです。
「中学で野球をやめる選択肢はなかったの?」と聞かれることもあります。 けれど、当時のパパにはその選択肢すらありませんでした。一番の理由は「学力」です。高校は卒業しなければならないけれど、学力で選べる選択肢が少なかったパパにとって、野球で高校に進む道しかなかったのです。
学力があれば野球をやめられたのかと言われれば、きっと答えは「NO」です。やっぱり野球が好きだったから。でも、その「好き」の熱量が大きかった分、高校3年間の息苦しさは、想像を絶するものだったのだと思います。
過去の傷を否定しない。ママの目線で見えた「もう一つの側面」
大人になった今でも、パパにとってあの3年間の記憶は、どこか切なく苦しいもののようです。
私は妻として、その苦しかった過去や痛みを決して否定するつもりはありません。本当に辛い時期を走り抜いたのだと、心から尊重しています。
でも、隣で見守る「ママ(妻)」という少し離れた視点からその過去を見た時、私はふと、違う側面を感じることがありました。
「あの苦しかった日々は、決して無駄じゃなかったんじゃないか」と。
監督から次々と出される無理難題に食らいつき、ありとあらゆる技術や知識を身体に叩き込まれたこと。それは見方を変えれば、「他の選手が誰も教えてもらえなかった高度な技術や引き出しを、誰よりも多く与えられていた」ということでもあります。
自分の感覚だけでやってきた選手ではなく、理不尽とも言える要求に応える中で、「なぜそのフォームにするのか」「どうしてその守備位置なのか」を極限まで考え、習得させられた経験。それこそが、今のパパが持っている圧倒的な「野球の引き出しの多さ」と「深み」になっているのだと気づいたのです。
苦しみを越えたパパだからこそ、今の息子に伝えられること
そして今、その経験は時を超えて、我が家の息子へと惜しみなく注がれています。
パパは自分自身が「自分の野球を見失った」という痛烈な苦しみを知っています。だからこそ、息子に教える時は決して自分の考えを押し付けたり、言いなりにさせようとはしません。
息子の悩みに寄り添い、豊富な技術と知識の引き出しの中から「こんな考え方もあるよ」「こうすると体が楽に動くよ」と、選択肢として差し出すことができます。自分が苦しんだからこそ、息子が同じ壁にぶつかった時に、誰よりも深く共感し、的確なアドバイスを送ることができるのです。
親から子へ伝えられる最高のプレゼントは、成功体験だけではありません。 過去の挫折や苦悩、理不尽に耐えた経験も、子どもを照らす光になるのだと、パパと息子の姿を見ていて感じます。
今、葛藤の中にいる野球少年とパパたちへ
もし今、指導者との関係に悩み、「自分の野球ってなんだろう」と立ち止まっている球児がいたら。そして、我が子の姿に昔の自分を重ねて胸を痛めているパパがいたら、伝えたいことがあります。
今味わっている苦しさや「思い通りにいかない経験」は、決してあなたを壊すためだけのものではありません。自分の頭で悩み、葛藤した時間は、将来必ずあなただけの「深い知識」と「人を思いやる強さ」に変わります。
我が家のパパが、時間をかけて自分の苦しい過去を「息子のための財産」に変えたように。
苦しかった3年間を乗り越えたパパの背中は、今、息子にとって最高の道しるべになっています。