グラウンドで「裏方」と呼ばれる側にいた数年間
私は、息子のチームのコーチではありません。
野球経験のない父親が、できることを少しずつ探しながら、グラウンドの端のほうに立っている人間です。道具運びを手伝ったり、車を出したり、ベンチの裏でスコアブックを写させてもらったり。技術にはまったく口を出さない、いわば裏方の父親です。
ある日、その端っこの場所に、コーチの一人がゆっくり歩いてくる人影がありました。
息子が小学校3年から4年に上がる、4月の練習日のことです。グラウンドの隅でコーンを片付けていた私のところに、監督が「お父さん、ちょっといいですか」と寄ってきました。
「来年から〇〇くん(息子)の学年も、人数増えてくるんですよ。コーチ、手伝ってもらえませんかね」
半笑いで、私は頷いてしまった。
「経験ないんですけど」と返したら、「お父さんコーチは、みんな未経験ですよ」と笑顔で返ってきました。
帰りの車のなかで、自分の半笑いの頷きを、何度も反芻しました。あれは、引き受けるという意味だったのか、考えますという意味だったのか。たぶん、どちらでもなかったのだと思います。ただ、すぐに断れなかった、というだけでした。
その晩、子どもたちが寝てから、台所で妻に話しました。
「コーチ、頼まれた」
妻は、洗い物の手を止めて少し黙ってから、「無理しなくていいよ」と静かに言いました。
「無理しなくていい」が、引き受けてもいいという意味なのか、断った方がいいという意味なのか、私には判別がつきませんでした。たぶん、妻自身も決めかねていたのだと思います。
下の娘が小学校に上がって、土日に少し余裕ができていたタイミングではありました。職場のシフトも、調整できなくはない。理屈の上では、引き受けられる条件はそろっていました。
寝る前にスマホで「お父さんコーチ 未経験」と検索しました。
出てきたのは、自分の話のように見える体験談ばかりでした。「自分の子に厳しすぎて、息子に泣かれた」「練習試合で塁審を頼まれて、明らかにアウトじゃないのにアウトをコールした」「息子から『父ちゃんの判定はおかしい』と本気で怒られた」。
どれも、自分の予想される未来に見えました。
翌週の練習日、私は監督に「コーチは、難しいです」と伝えた。
「仕事の調整がつかないことが多くて」と、半分本当で半分方便の理由を添えました。
監督は「そうですか」とだけ言って、特に追及はしませんでした。
ただ、少し間を置いて続けました。
「審判講習だけでも、どうですか? 公式戦で塁審が足りないんです」
月1回、土曜の午前中だけ。受講料は数千円。塁審だけで、球審はやらなくていい。条件としては、なんとか家庭と両立できそうな範囲でした。
「それなら」と、私は返事をしてしまいました。
帰りの車のなかで、自分は何かを引き受けたのか、断ったのか、よくわからなくなった。
翌月、市の体育館の会議室で、初めての審判講習に出ました。
中年の父親ばかり、30人くらいが並んでいました。半分くらいの人が、すでに自分のマスクやインジケーターを持参していました。私は手ぶらでした。
服装の説明、ストライクゾーンの基本、塁審の立ち位置の動き方、インジケーターのカウントの上げ方。聞いたことのない言葉ばかりが、配られた資料のページに次々と並んでいきました。
休憩中、隣に座っていたお父さんが「うちは2年目なんです」と話しかけてきました。「最初の年は、塁審で頭が真っ白になりますよ」と、なぜか少し嬉しそうに笑っていました。
帰り道、Amazonで「軟式 塁審 シューズ」と検索しながら歩きました。インジケーター、指サック、塁審用の靴、薄手の長袖。レジに進む前にカートに入れた合計は、1万8千円ほどでした。
その秋、初めて公式戦の塁審に立った日のことは、また別の機会があれば書きます。
私は、息子のチームのコーチではありません。
でも、塁審のときだけ、グラウンドの中に少しだけ入れます。
それが、私のいまの関わり方の落としどころなのかもしれません。引き受けていたら、たぶん息子のスイングに口を出してしまったと思います。それは前にもう失敗しているので、今回はこれでよかったのだと、自分に言い聞かせています。
裏方の父親のままでいる時間を、もう少しだけ続けようと思います。