プロ野球選手になる人って
学童野球を始めたばかりの頃、「この中からプロ野球選手が出るのかな」
そんなことを、ふと考えたことがある保護者の方も多いと思います。
正直に言うと、うちの息子は「プロ野球選手になりたい」
と言ったことが一度もありませんでした。
環境もあったと思いますし、何より、野球が人生の中心というほど好きだったわけでもなかったのだと思います。
息子が好きだったのは、ボールをバットに当てて、遠くに飛ばすこと。ただ、それだけでした。
今でも忘れられないのが、こんな一言です。
「ホームラン打っても、全力で走らんでいいのって何歳から?だって、プロは打った瞬間から歩いてるやん」
もちろん現実はそんなに甘くなく、結局ファーストまでは全力疾走。当時は、ただの笑い話でした。
時が経ち、息子の友人の中に「ドラフトにかかるかもしれない」と言われる選手が現れました。
実際にプロ届を出し、大学からも声がかかっていたようですが、それは断ったようでした。親御さんと話す機会もあり、その年のドラフト会議は最初から見ていました。そのほかにも数名、息子の知人がプロ届を出していました。
結果は、残念ながらドラフトにはかかりませんでした。
では、実際にプロの世界へ進んだのは、どんな選手だったのか。
息子は公式戦で、プロ注目と言われていたピッチャーと対戦することになりました。
しかも、そのピッチャーは息子の打席から登板。
頭をよぎったのは、YouTubeでした。しかもローカルですが、テレビ中継もされています。「ここで打てなかったら、きっと一生残るな…」
結果は三振。
案の定、試合後すぐに動画がアップされ、「プロ注目〇〇君、三振の山」その先頭バッターが、息子でした。今でも検索すれば、必ず出てきます。
息子は言いました。「あんな球、絶対打てへん」
手元での伸び、鋭い変化。すべてが異次元だったそうです。バッターボックスに立ちながら、「こういうやつがプロになるんやろな」と、妙に落ち着いて思っていたと話してくれました。
どんな感じ?と興味津々に聞きましたが、「あんなん無理、としか言えへんわ」いくら聞いてもこの返事でした。
もう一人、よく練習試合をしていたチームからもプロに進んだ選手が出ました。
野球が本当に好きで、勝負へのこだわりが強く、時には審判に注意されることもある選手でした。
ある日を境に、そのチームはビデオ撮影や写真撮影が禁止になりました。今思えば、その頃からプロの話が進んでいたのだと思います。
プロになれたのは、ほんの一握りです。甲子園に出ていなくても、地方大会であっても、
誰が、どこで、見ているかわからない。それが、野球という世界です。
プロ志望届を出した子に共通していたのは、常に全力だったこと。野球が好きだったこと。そして、勝負に本気だったこと。
勝ち進まなくても、大丈夫です。プロになれなくても、大丈夫です。
ただ、野球を好きでいること。本気で向き合った時間があること。それだけは、何より大切だと思います。
才能だけでは、どうにもならない時が必ず来ます。そんな時、保護者は答えを出さなくていい。
高校生まで野球を続けていれば、 おそらく一度は、 「これは別格だ」 そう感じる怪物と対戦する時が来ると思います。
その瞬間に、ぜひ実感してほしいのです。 野球をやってきてよかったと。
親としての私は、打てたかどうかよりも、その打席に立てたこと自体が、何よりの経験だと感じました。
同じ時代に、一流と呼ばれる子どもたちと同じグラウンドに立ち、同じ時間を戦えたこと。
それは結果以上に、とても贅沢な時間でした。
野球は、結果だけのスポーツではありません。怪物と対峙したあの時間は、きっと一生、心に残ります。
プロ野球選手になったときも、そんな経験はきっといい思い出になるはずです。
夢に向かって、見守ってあげてください。