区の選抜に選ばれた次男と、少し遅れて事情を知る父親
私は熱血野球パパ、ではありません。
仕事や家庭の事情で、練習や試合にはほとんど行けていません。
今回も、次男が区の選抜チームに選ばれたことを、私は少し遅れて知りました。
その日、妻から「セレクション、受かったらしいよ」と聞きました。セレクションというのは、区の中のいろいろなチームから選手を選んで、一つの選抜チームを作るための選考会のようなものらしいです。少年野球をやっていると、6年生くらいでそういう話が出てくるのだと、私はこのとき初めて知りました。
本人は、めずらしく機嫌がよさそうでした。ふだんは頼みごとも雑で、聞いてもいないのに部屋に消えていく日もあるのに、その日は自分から「受かったんだよね」と言ってきました。言葉づかいは相変わらず少し荒いのですが、荒いなりに、うれしいのは伝わってきました。機嫌のいい次男は、よくしゃべります。逆に言うと、機嫌が分かりやすいのです。
親としては、それだけで十分な出来事でした。区の代表として選ばれた、というのは、なかなか立派な話です。私はその場では「へえ、すごいじゃん」と言いました。たぶん、それが今の私にできる、いちばん正しい反応だったと思います。
ただ、少しあとになって、妻からもう少し詳しい話を聞きました。どうやら今年は、希望する子がそんなに多くなくて、受けた子はだいたい受かったらしい、というのです。去年は人数が多くて、けっこう大変だったとも聞きました。それを聞いて、私は少しだけ、心の中でトーンダウンしました。区の代表、と身構えていた気持ちが、すこし現実的なサイズに戻ったというか。
でも、よく考えると、それはそれでいいのだと思い直しました。倍率がどうだったかは、本人にはあまり関係がありません。次男は、受けて、受かって、喜んでいる。その事実は、周りの人数が何人だろうと変わりません。親のほうが勝手に「区の代表」という言葉に重みを乗せて、勝手に少ししぼんでいるだけです。子どもはもっと素直に、ただ喜んでいます。
選抜チームでも、打順は3番か4番あたりを任されているらしいです。もともとのチームでも4番を打っているので、そのあたりは、まあ、そういうものなのかもしれません。私はどちらの試合もほとんど見に行けていないので、「らしい」でしか語れません。見ていない父親が、打順の話だけは知っている、というのは、我ながら少し妙な感じがします。
選抜のことも、やっぱり妻のほうがずっと詳しいです。いつ、どこに集合して、何を持っていくのか、他のチームのどの子が一緒なのか。連絡網も日程も、全部妻が握っています。私はあとから「そうなんだ」と聞くだけです。ただ、こういうときに一つだけ、私にも役目が回ってくることがあります。買い物です。選抜に受かったとなれば、また何か新しく揃えるものが出てくるのではないか、と、レジ係の私は少し身構えました。案の定、また細かい買い足しの相談が回ってきます。喜ばしい話のあとに、そっと財布の心配をするのが、だいたい私の担当です。
選抜が始まってから、土日の景色も少し変わりました。朝、私が起きるころには、妻と次男はもう出かけています。二人で朝から晩まで、グラウンドと家を往復する。夕方に帰ってきて、夕飯のあたりでようやく顔を合わせる。土日の我が家は、いつのまにか「野球に行く二人」と「留守番の二人」に分かれるようになりました。長男と私は、どちらかというと留守番のほうです。
さびしいかと言われると、少しさびしい気もします。でも、次男が外で必要とされて、朝から出かけていくというのは、たぶんいいことなのだと思います。家でだらだらしている姿しか見ていない親からすると、外にちゃんと居場所があるらしい、と分かるだけで、少し安心します。
私は、選抜のセレクションがどんなものだったのか、実際には見ていません。どんな球を投げて、どんな打球を打って、どこを走ったのか。全部、後から人づてに知るだけです。それでも、受かったと自分から言いに来た、あの少し得意げな顔だけは、ちゃんと見ました。
外では区の代表に選ばれた子が、家に帰ってくると、相変わらず床にだらしなく転がって、アタリメをかじっています。その落差を見ると、少し笑ってしまいますが、同時に少し安心もします。外で張っているぶん、家ではちゃんと気を抜けているのだと思うからです。
区の代表に選ばれた、という話より、選ばれて素直にうれしそうにしていた、という事実のほうが、私にはうれしかった気がします。倍率の話は、まあ、私の胸の中だけにしまっておこうと思います。本人には、ずっと「すごいじゃん」の顔をしておくつもりです。