試合に負けた時のあなたの感情は?
これ、難しくないですか?
「残念だったね」
「次、頑張ろう」
「仕方ないよ」
言葉だけならいくらでも出てきます。でも、本当に親は心からそう言えるでしょうか。
特に息子が学童野球をしていた頃。
学童は、毎週のように小さな大会があります。勝った、負けた、打った、打たれた。週末ごとに試合があって、そのたびに親も一喜一憂する。
今思えば、私は完全に「解説者」になっていました。
試合が終わっても、頭の中ではまだ試合が続いている。そして、負けたときに一番難しいのが、「いったい誰のせいなの?」という問題です。
例えば、先発した息子が0点に抑えて、途中でピッチャーが交代した。その後、代わったピッチャーが打たれて負けた。親として、どう思いますか?
「うちの子は0点に抑えたのに……」
そう思ってしまいませんか?逆に、自分の子どもが打たれて負けたら、
「打たれたうちの子が悪かったのかな」と思ってしまう。あるいは、ピッチャーが頑張っているのに打線が点を取れなかったら、
「もう少し打ってくれれば……」と思ってしまう。
でも、親だって感情があります。息子が打点を取っていた試合なんて、私だって思いました。「息子は打ったのに」。
今だから言えますが、私は決して毎回、純粋に「仕方ないね。そんなこともあるよね」と言えていたわけではありません。
子どもが頑張っているからこそ、親も悔しい。これは、悪いことではないと思います。ただし、その親の感情を、そのまま子どもに背負わせるのは違う。
……言ってしまってましたけどね、私は。
だから、今まさに「誰かのせいで負けた」と思ってしまう親御さんがいても、私は責められません。頭では分かっているんです。野球は一人ではできない。誰か一人のせいではない。
でも、感情が追いつかない。今は、それでいいと思います。
何度も試合を経験して、子ども達のプレーが少しずつ成長していく。その姿を見ているうちに、きっと分かってきます。
あの子も一生懸命だった。この子も頑張っていた。ピッチャーも、バッターも、守備の選手も。だから、今すぐ「いい親」になろうとしなくてもいい。
悔しくてもいい。腹が立ってもいい。
ただ、その感情を子どもに背負わせることだけは、少しずつ減らしていけばいいのだと思います。
特に小学生の子どもに、
「お前は打ったんだから悪くない」
「ピッチャーが打たれたから負けた」
「もっと打ってくれたら勝てたのに」
そんなことを背負わせるのは、あまりにも酷です。小学生の野球は、まだ「勝つためだけの野球」ではありません。もちろん勝ちたい。でも、負けた試合から学ぶことも、勝った試合から学ぶこともたくさんある。
そして年齢が上がるにつれて、少しずつ意味も変わってきます。
高校生になると、大会そのものの数が一気に減ります。
甲子園を目指すなら、秋の大会で選抜につながる成績を残すか、夏の大会にかけるか。
「次の大会があるから、また頑張ろう」そんな簡単な話ではなくなってきます。
そして、高校最後の夏。
そこまで勝ち進んで、最後に甲子園で優勝できるのは、たった一つのチームです。それ以外のチームには、必ず「最後の負け」がやってきます。甲子園に行けなかったチームも、甲子園で負けたチームも、優勝した一校以外は、どこかで負けて終わります。それだけたくさんのチームが負けるのです。
打てなかったバッターのせい?
打たれたピッチャーのせい?
エラーした選手のせい?
監督の采配のせい?
その日、その試合で、相手のほうが一歩上だった。それだけなのかもしれません。
負けたんです。それで終わりです。誰のせいでもありません。もちろん悔しい。ものすごく悔しい。
私は息子の野球を長く見てきて、少しずつ「負け」の見方が変わっていきました。学童の頃は、試合が終わってからも私の頭の中では反省会。
中学生になると、子ども自身が考えることが増えてきた。
そして高校生になると、もう親が試合を分析しても仕方がない。
本人の野球です。親の野球ではありません。だから、負けたときに親ができることは、案外少ないのかもしれません。子どもが話したければ聞く。悔しそうなら、一緒に悔しがる。
何も話したくなさそうなら、そっとしておく。そして、家に帰ればいつもの生活に戻る。
それでいいのだと思います。
負けた試合のあと、親が正しい答えを言う必要なんてない。「次は頑張れ」と言わなくてもいい。ましてや、誰かを悪者にする必要もない。
負けた理由を探すより、子どもがその負けをどう受け止めるのかを見てあげる。それが、年齢が上がるほど大切になっていくのだと思います。
そして、これは親にも言えること。
負けた直後くらい、悔しがっていいんです。「悔しい!」と思ってしまってもいい。誰かのせいにしてもいい。人間ですもの。ただし、心にとめておいて下さいね。
高校最後の試合は、あー、あの子が打たれたなあ、チャンスで打てなかったなあ、みたいな話はしますが、その子が悪くて負けてしまった、なんて感情は微塵もありませんでしたよ。解説者から応援者にきっとかわりますよ。