「自主練ができる子に育てるために、親がすること」
自主練は、親が「やらせる」ものではない
子どもの自主練に、親はどこまで関わるべきなのか。私は、学年によって親の役割を変えていくことが大切だと考えている。
小1〜3年生は、親主導でいい
この時期の子どもは、まだ自分で何をすればいいのか分からない。だから親が練習の環境を作り、いろいろなことを経験させる。成功も失敗も、できるだけたくさん経験させたい。
「これをやったら上手くいった」
「これはやらなかったから失敗した」
「こういう身体の使い方をするとケガにつながる」
そうした経験を積み重ねることで、少しずつ自分で考えるための土台ができていく。
大切なのは、親が答えを全部教えてしまわないことだ。
失敗したときには、
「なぜ失敗したんだろう?」
「何をやっていれば、違う結果になったと思う?」
と考えさせる。
成功も失敗も、すべて自分で考える材料にしていく。
小4は「移行期」
小学4年生は、親主導から本人主導へ移っていくためのお試し期間だと思っている。
基本的に親は口を出さない。本人に考えさせ、本人にやらせる。
ただし、結果が出なかったときには、しっかり振り返る。
「これをやっていなかったから、こういう結果になったんじゃないか」
「じゃあ、どうすれば次は変えられる?」
ここでも答えを教えるのではなく、本人に考えさせる。
この繰り返しで、「自分で考えて行動する」という習慣ができていく。
小5・小6は、完全に本人主導
小学5〜6年生になれば、自主練は基本的に本人に任せる。
私は技術的なことには一切口を出さない。
「今日は何をやるのか」
「何を改善したいのか」
「そのために何をするのか」
そこは自分で整理させる。
親がやるのは、あくまでサポートだ。
キャッチボールの相手をする。
トスを上げる。
練習できる環境を作る。
自主練そのものを強制することもしない。
「練習しなさい」ではなく、本人が自分の意思で取り組める環境を作る。
技術的な課題は、パーソナルコーチなど専門家に任せている。
親子の関係性も大事にしたいので、パーソナルコーチの指導には、あえて父親ではなく母親が同行することがある。
私自身、野球のことを知っているからこそ、横から口を出してしまうんです。
だから、あえて私は行かない。
野球の知識がない妻に同行してもらって、子供が何を感じ、何を理解したのかを聞いてもらう。
そして帰ってきたら、指導を受けた内容を親子で確認する。
指導動画も何度も見返し、「何を言われたのか」「何をやらなければいけないのか」を、本人が自分の言葉で説明できるところまで落とし込む。
親が答えを教えるのではなく、本人が理解して、本人の言葉でアウトプットする。
これも、自主性を育てるための大切な時間だと思っている。
「12月までに120km/h」なら、そこから逆算する
小5・小6になれば、これまで積み重ねてきた知識や経験を使って、自分で中長期の目標を決められるようになる。
例えば、
「12月までに球速120km/hを出す」
という目標を立てたとする。
そこで終わりではない。
12月という長期目標を、1週間単位の短期目標まで細分化していく。
そのために、
* 体重管理
* 身体の柔軟性
* 出力強化
* ジャンプ力
* ダッシュ
* 技術練習
など、自分に必要なものを整理する。
「120km/hを投げたい。でも何をすればいいのか分からない」
ではなく、
「120km/hを投げるために、今週は何を改善するのか」
まで自分で落とし込む。
ここまでできるようになれば、自主練は単なる「一人で練習する時間」ではなくなる。
自分で目標を決め、自分で課題を見つけ、自分で行動し、結果を検証する。
これが、本当の意味での「自主練」だと思う。
だから私は、子どもに自主練をさせることよりも、自分で考えて練習できる子どもに育てることのほうが大切だと考えている。
親の役割も、ずっと同じではない。
小1〜小3は「導く」。
小4は「任せて、必要なときに問いかける」。
小5・小6は「見守り、支える」。
最初から子どもに全部任せるのではなく、まず親が土台を作り、少しずつ手を離していく。
「親が練習させる」から「子どもが自分で練習する」へ。
最後に、これを実行するために一番大切なこと
ここまで書いてきたことを実行するために、私が一番大切だと思っていることがある。
それは、親子で野球について話す圧倒的な時間の「量」と「質」である。
これは、早ければ早いほどいいと思う。
年長くらいから始めても、決して早すぎるとは思わない。
「今日どうだった?」
という会話からでもいい。
なぜそう思ったのか。
なぜ上手くいかなかったのか。
どうすれば次は上手くいくのか。
そうやって日常の中で野球について考え、話し合う習慣を作っていく。
その積み重ねが、やがて「自分で考える力」につながっていくのだと思う。
もう一つ大切なのが、親子の信頼関係だ。
親が子どもに何かを伝えるなら、まず親自身が勉強しなければいけない。
分からないことを知ったかぶりで教えない。
昔、自分がやっていた方法だからといって、それが今の子どもにも正しいとは限らない。
だからこそ私は、できる限り科学的根拠や専門家の知見に基づいて考えることを大切にしている。
分からなければ専門家に聞く。
技術は技術の専門家に任せる。
親は親にしかできないことをする。
そして、子どもの話をしっかり聞く。
結局、自主性というのは突然身につくものではない。
小さい頃から親子でたくさん話し、たくさん失敗し、たくさん成功する。
その経験を積み重ねながら、少しずつ親が手を離していく。
「親がやらせる自主練」から、「子どもが自分で考えて取り組む自主練」へ。
そのために親がするべきことは、子どもの前を走ることではなく、子どもが自分の力で走れるようになるまで、後ろから支えてあげることなのだと思う。